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衛藤賢史のシネマ教室

はじまりのみち

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   2013/05/21

昭和20~30年代、日本映画の黄金時代に黒澤明・小津安二郎・溝口健二などと並んで文芸派の名監督として尊敬され、かつ封切られた作品のほとんどを大ヒットさせた希有の天才監督・木下恵介の戦中のある出来事を描いた作品である。
昭和19年、32歳の松竹監督・木下恵介は、『陸軍』の内容がめめしい母を描いた、という理由で軍部の怒りに触れ、次回作の製作を中止させられる。戦意高揚映画ばかりを強要する軍部の高圧的態度に絶望した恵介は、辞表を出し病気療養中の母・たまが住む浜松に帰郷する。しかし戦局は悪化し故郷も米軍の空襲にさらされる。母を想う恵介は空襲の恐れのない山間部に疎開させることにし、やさしい性格の兄・敬三とともに母をリヤカーに乗せて60キロ近くもある気田という山間の村へと向かう。重い身の回り品を積んだもう一台のリヤカーには荷運びをする<便利屋>の若者が同行し、一泊二日の厳しい峠道の旅がはじまる。暑い夏の行程の中、満足な食料もなく空腹と暑さと雨に、汗まみれ泥まみれにフラフラになりながら旅のなか母の身を気遣う恵介。小生意気な便利屋の若者と衝突しながらイラ立つ恵介だが、山間の荒れてない緑豊かな風景や、素朴な宿の人たちの親切に触れていくうちに、このような庶民の生活、日本の美しい風景を描く構想が次々と恵介の心に沸き出すのだった。
木下恵介を敬愛するアニメーション監督の原恵一(『クレヨンしんちゃん』『河童のクゥと夏休み』など)が、はじめて実写映画に挑戦したことでも話題になった作品であるのだが、木下恵介の伝記映画という形式をとらず、戦争を嫌悪する恵介が『陸軍』を撮った後、故郷へ帰り愛する母・たまを疎開させるための数日間のリヤカーを引いての旅を描くというシンプルな内容をドラマの中心に置くという形式を取っている。
そのため、多少淡泊な印象を受けるのは否めないが、名も無いしかし誠実に生きる庶民を描かせたら右に出るものはいないという木下監督の精神の原点の輪郭を、分かりやすく、くっきりと浮びあがらせることに論点を置いたためだろうと解釈する。
『陸軍』(44) 『二十四の瞳』(54) 『野菊の如き君なりき』(55) 『喜びも悲しみも幾歳月』(57) 『楢山節考』(58) 『永遠の人』(61)などの不朽の名作が、この映画のなかに挿入されてくるが、近年世界の映画祭で木下恵介の作品が注目を浴び始めた時期なので、いいタイミングでの企画になると考える。私事になりますが、ぼくが映画を好きになった基が、『野菊の如き君なりき』でした。有田紀子さんの民子よかった!
ぼくのチケット代は、2,000円出してもいいと思う作品です。
星印は、3つ差し上げます。

5点満点中3点 2000円

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